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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2387号 判決

原告 坂根徳博

右訴訟代理人弁護士 椎原国隆

同 西村雅男

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 大内俊身

同 小山隆夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金三五万円およびこれに対する昭和四六年一〇月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨。

2  かりに仮執行宣言がなされる場合、担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1(1)  訴外溝口十蔵は、昭和四三年五月一九日、群馬県碓氷郡松井田町坂本一六七二番地先道路において自動二輪車を運転中、対向する訴外堀内徳男運転のトラックと衝突し、右事故により同月二七日に死亡した。

(2)  右事故については群馬県松井田警察署および前橋地方検察庁高崎支部が捜査したが、同支部は昭和四四年九月右事件を不起訴処分にした。

(3)  東京弁護士会所属の弁護士である原告は、昭和四四年五月、溝口の母訴外溝口よ志のから右事故による損害賠償請求訴訟を提起するため、訴訟代理人となることを受任した。その際原告は溝口よ志のとの間で、原告の受くべき報酬額につき、原告の訴訟活動いかんにかかわりなく、勝訴額を基準とし、東京弁護士会報酬規定中の最低料率を適用して算出するとの内容の報酬契約を締結した。

2(1)  原告は、昭和四四年六月、東京地方裁判所に、加害車の共同保有者である訴外阿部登雄、同阿部明雄を相手方として自賠法に基く損害賠償請求訴訟を、訴外富士火災海上保険株式会社を相手方として任意保険金の支払い請求訴訟を、提起し、右訴訟は同年(ワ)第六三一六号損害賠償請求事件として同裁判所に係属した。原告は、右訴訟中その立証のため、裁判所に対し、前橋地方検察庁高崎支部において保管中の前記交通事故に関する不起訴記録(以下「本件不起訴記録」という。)の送付嘱託を申請した。裁判所は昭和四四年八月、前橋地方検察庁高崎支部長検察官高田勝に対し、本件不起訴記録全部の送達を嘱託した。これに対し同検察官は同年一一月までに、裁判所に対して、本件不起訴記録のうち、実況見分調書一通を送付したのみで、他の記録についてはこれを送付しなかった。そこで、裁判所は、原告の再度の申請に応じ、同四五年四月、同検察官に対して、本件不起訴記録のうち前記実況見分調書以外の記録の送付嘱託をした。

(2)  右送付嘱託の対象となった本件不起訴記録中には、堀内徳男の司法警察職員に対する供述調書二通、阿部明雄、東壮彦、富岡恒一及び中島貴雄の司法警察職員に対する各供述調書(各一通)が含まれていたのであるが、検察官高田は、裁判所の再度の送付嘱託に対し、昭和四五年四月一三日右各供述調書(以下本件供述調書という。)の送付を拒絶する旨の回答をした。

3  検察官高田のした、裁判所の送付嘱託に対する本件供述調書の送付拒絶は違法な公権力の行使である。すなわち、

(1) 検察官は、公務員として、国民に対し公益のため職務を遂行する義務を負うものであって、裁判所から不起訴記録の送付嘱託がなされた場合には、原則として、右記録を裁判所に送付すべきである。けだし、民事訴訟における当事者の権利義務の主張が社会正義の具体的顕現の一場面であり、またその紛争の解決はそのまま社会の平穏の維持という公益に資するものであるから、このような公益実現のため、前記嘱託を受けた検察官は、刑事訴訟の運営に実質的な支障のない限り、その保管する不起訴記録を送付すべきであり、それがまた、一方では、民事訴訟における真実発見に資することにもなるからである。このような検察官の不起訴記録の送付義務は、刑事訴訟法第五三条の趣旨からしても認められるべきである。

(2) 本件のような交通事故に関する不起訴記録のうち供述調書は、当該交通事故についての民事訴訟の証拠としては必要不可欠のものである。すなわち、

(イ) 交通事故についての民事訴訟の提起は、一般に事故後相当の期間が経過した後になされることが多く、したがって、右訴訟中に事故関係者の証言を得ても、供述者の記憶があいまいでその証言が信憑性を欠くことが多いため、事故発生直後に捜査機関の手で作成される供述調書は、民事訴訟において代替性のない証拠となる。

(ロ) 事故当日ないし事故後間もない時期の供述調書は利害に考えをめぐらせるゆとりがなく、それだけありのままの記憶を記載しているのに対し、人証はそれが事故後長い期間を経過した民事訴訟の段階になると、利害に対する配慮をめぐらせる時間が充分にあるところから、記憶から大きく離れた、利害にとらわれた供述を行い易い危険がある。特に右の危険は加害者の場合に顕著である。その意味においても事故直後の供述調書は民事訴訟において代替性のない証拠となる。

(ハ) 事故関係者らは、交通事故の状況を目撃しても何回となく呼出される迷惑を考えて司法に協力しない風潮があると言われていることからも、真実発見にとり貴重な目撃者ら事故関係者の供述をより多く確保するため、訴訟においてはその供述調書を利用するように努力しなければならない。そのためにも検察官は供述調書の送付を実行すべきである。

右に述べたような検察官が本件供述調書を送付することによって果たされる公益に比較して、検察官が、右記録を送付しないことによって得られる利益といえば若干の手間がはぶけるということだけであって、その利益は余りにも小さいというべきである。

(3) 以上によりあきらかなように、本件交通事故をめぐる民事訴訟に関し、裁判所の送付嘱託にもかかわらず、本件供述調書の送付を拒絶した検察官高田の行為には、公益のために右記録の送付義務を遂行しなかった違法がある。

4(1)  原告は、検察官高田の本件供述調書送付拒絶により、前記損害賠償請求訴訟における立証活動につき、前記溝口よ志のとの間の報酬契約締結時には予定していなかった諸活動を強いられた。すなわち、

(一) 本件供述調書の中には、前記交通事故の原因がトラックの運転手であった堀内の無理な追越しにあることを述べた前記東および中島の各供述調書が含まれていた。

(二) しかるに、右各供述調書の送付が拒絶されたため、原告は、昭和四五年四月一六日から同年八月二二日までの間に、検察官高田に対して書面もしくは電話により、あるいは直接高崎支部まで出向いて同人に面会して本件供述調書の送付を要請し、また、送付拒絶をなした高田に対しても電話により右の要請をくりかえすとともに、群馬県松井田警察署へ出向き、本件事故の主任捜査官清塚儀三郎に面会して本件供述調書の控の有無を調査し、同控の所在することを確認した。そして原告は裁判所に対し本件供述調書の控の送付を嘱託し、更に、前記東および中島に対し、書面および口頭で、損害賠償請求訴訟の証人として裁判所に出頭することを依頼したほか、松井田警察署に電話により、本件供述調書の控の送付嘱託につき協力を依頼するとともに、清塚主任捜査官が証人として出頭する際供述調書の控を持参するように要請した。しかし右送付が拒絶されたので、原告は清塚に対し書面で、証人として出頭する際右控の持参を請うた。

(三) その結果、昭和四五年八月二四日に中島および本件事故の主任捜査官清塚儀三郎が、同年一一月九日に東が、それぞれ証人として出頭して証言をするとともに、清塚が本件供述調書の控を持参したため、原告はそれらを書証として提出した。

(2)  原告の右のような立証活動の結果、昭和四六年九月七日に言渡された前記損害賠償請求訴訟の第一審判決は、前記堀内に八割の過失があったことを認めたうえ、右訴訟の被告らに対し、前記溝口よ志のに各自三八五万六〇〇〇円の支払を命じ、右訴訟はその原告である溝口よ志のの勝訴に終った。

(3)  原告は勝訴判決を得るため、前記(1)(二)のような受任当初は予想されなかった訴訟活動を強いられ、そのために費した労力は、金額に換算して金三五万円を相当とする。原告は溝口よ志のとの間で訴訟活動の如何に拘らず勝訴額に一定の料率を適用して算定した報酬額を受ける契約を結んだのであるから、同額の報酬を受けるのに本来予想されなかった訴訟活動を強いられた場合、これに要した労力と相当因果関係にある違法行為の行為者に対し、右を損害としてその賠償を求めることができる。

5  本件供述調書の送付を拒絶した検察官高田の行為は、国の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うにつき故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合に該当するから、被告は国家賠償法第一条により右損害を賠償する義務がある。かりに検察官の本件供述調書の送付拒絶行為が公権力の行使にあたらないとしても、同検察官は国家公務員であって、被告の使用人がその職務の執行につき故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合に該当するから、被告は民法第七一五条により右損害を賠償する義務がある。

6  よって、原告は被告に対し、主位的に国家賠償法第一条に基づき、予備的に民法第七一五条に基づき金三五万円および前記損害発生の後である昭和四六年一〇月一日から支払済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、(1)(2)の事実はいずれも認める。

同(3)のうち、原告と溝口よ志のとの報酬契約の内容は不知。その余の事実は認める。

2  同2の事実はいずれも認める。ただし、第二回目の送付嘱託に対しては死亡診断書一通が送付されている。

3  同3の主張は争う。検察官高田の本件供述調書の送付拒絶は違法ではない。すなわち、

(1) 民事訴訟法第三一九条に基いて裁判所のなす文書送付嘱託は、被嘱託者に対して何らの義務を課するものではない。ただし、被嘱託者が官公庁である場合には、司法共助の一環として、嘱託に応ずる抽象的、一般的義務がある。

(2) しかし送付嘱託の対象となった文書が刑事事件の不起訴記録であるときは、訴訟関係書類(この書類の中には不起訴記録も含まれると解すべきである。)の公判開始前の公開禁止を定めた刑事訴訟法第四七条本文により明らかなように、記録保管者には送付嘱託に応ずる義務はない。(なお、刑事訴訟法第五三条第一項の「訴訟記録」の中には不起訴記録は含まれないから、右条項を検察官の送付義務の法的根拠とする原告の主張は失当である。)

(3) 刑事訴訟法第四七条但書によれば、公益上の必要その他の事由が存し、相当と認められる場合には、記録の公開禁止は解除されることとなっているが、右但書の要件の存否の判断は、記録保管者の自由裁量に属するものであるから、その裁量による送付拒絶につき違法の問題は生じない。なお、付言すれば、原告が訴訟代理人となった前記損害賠償請求訴訟においては、原告も主張しているとおり、本件供述調書に拠らずとも、右事故の目撃者などを証人として尋問することによってその主張事実の立証をなし得ているのであり、この点からしても、同条但書の要件は存しないことが明らかである。

(4) 本件で問題となっている検察官の送付義務は、送付嘱託をした裁判所に対する義務であり、このような官公庁相互間の義務は、国家賠償法第一条の責任の前提となるべき違法行為の内容となる「義務」に該当しない。してみれば、かりに検察官高田の送付拒絶行為が前記の意味における義務違反の行為であるとしても、それは違法性を欠くといわねばならない。

なお、原告は本件不起訴記録の公開を要求する権利も有しないのであるから、検察官高田が裁判所の送付嘱託を拒絶したからといって、それは何ら原告の権利を侵害するものではない。

4  同4(1)の(一)(二)の事実中、検察官高田が裁判所に対して本件供述調書の送付を拒絶した事実は認める。その余の事実および同(三)は不知。

同(2)の損害賠償請求訴訟につき原告主張のごとき判決の言渡があったことは認める。同(3)の原告が損害を蒙ったとの主張事実は否認する。

5  同5、6は争う。

理由

一  裁判所が民事訴訟法第三一九条に基づき文書所持者に対し送付嘱託をした場合に、所持者が私人たる第三者である場合には、所持者はこれに応ずる義務はない。けだし、現行法は、一般の文書所持者に対し、第三者のため民事訴訟手続において右文書を利用させるべき協力義務を負担させていないからである。これに対し、文書の所持者が検察官である場合には、一般私人の場合と異なり、公益のため行動すべき公的機関として、裁判所からの嘱託に応じ司法事務に協力し、訴訟における真実発見に資するよう協力すべき立場にあるのであって、この意味において、検察官には送付嘱託に応ずべき義務があると考えられる。

二  しかし、検察官が嘱託にかかる文書、特にそれが捜査の過程において捜査機関により作成・収集された捜査記録を主体とする不起訴記録(以下「不起訴記録」という。)である場合に、これを無条件ですべて裁判所に送付するとすれば、民事訴訟の当事者は、不起訴記録を書証として口頭弁論に上程する機会をもつことになり、このため送付された不起訴記録はすべて民事訴訟記録の一部となる可能性を有する。そして、民事訴訟法第一五一条によれば、原則として何人も民事訴訟記録を閲覧することが許されるのであるから、送付された不起訴記録はすべて公開されたのと同じ結果を招来する可能性があるのであって、このことは、密行性を原則とする捜査の理念に反し、事件関係者らの名誉およびプライバシー等を侵害する結果を生ずることになって不当である。したがって、前記の意味において検察官に文書送付嘱託に応ずべき義義があることは既述のとおりであるけれども、検察官は嘱託にかかる文書をすべて無条件で送付すべきものではなく、具体的場合に応じ、その裁量により、文書の内容、性質等を仔細に検討し、送付嘱託に応ずべきか否かを決定すべきであると解するのが相当である。

三  被告は、刑事訴訟法第四七条本文を根拠に、送付嘱託に応ずる義務はないと主張するけれども、同条にいう「訴訟に関する書類」とは、文理上、裁判所ないし裁判官の保管する書類を指すと解すべきであるから、本件不起訴記録に同条の適用があることを前提とする被告の主張は失当である。

しかしながら、公判開廷前の訴訟に関する書類と、不起訴記録とは、いずれも捜査の過程において捜査機関により作成ないし収集された書類を主体とするものであって、その保管者は異なるけれども、その本質において異なるものではなく、したがって、両者につき特別に異なる取扱をしなければならない合理的理由は見あたらない。そして、刑事訴訟法第四七条本文は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、裁判に対する不当な影響を引き起すことを防止するための規定であると解すべきところ(昭和二八年七月一八日最高裁判所判決・刑集七巻七号一五四七頁参照)、不起訴記録についても、それが公開されると、捜査の対象となった者その他の事件関係者の名誉ないしプライバシーを侵害する可能性のあることを否定できない。また、不起訴記録全部が一般に公開されるとすれば、密行性を原則とする捜査の過程において作成された捜査記録の非公開を信じ、その前提のもとに捜査に協力する者の事後の協力を得られない可能性があり、ひいて捜査活動一般に支障を来すおそれがないとはいえない。

このようにみてくると、公判開廷前の訴訟書類について、原則としてこれを非公開とし、公益上の必要その他相当と認められる事由がある場合に公開を許す刑事訴訟法第四七条の規定の精神は、検察官が具体的な場合にその裁量により不起訴記録の送付嘱託に応ずべきか否かを決定するに際し、尊重されるべきであると考えられる。

四  ところで、不起訴記録は密行性を原則とする捜査の過程において作成される。密行性は効果的な事実調査を実現し、事件関係者の名誉・プライバシー等の利益を擁護するために要請されるのであるから、これらの利益が損われない場合には内容の開示が許される。また、内容の開示により密行性の利益が損われる場合であっても、公益上これに優先する利益を擁護するため必要と認められる場合には、内容の開示が許されると解するのが相当であり、この双方の利益の比較較量に際しては、一般の法的利益較量の場合と同様に、内容の開示により実現しようとする利益の重要性、これにより損われる利益の重要性、および利益が実現され損われる程度等の諸要素を考慮して決定すべきである。そして、検察官が、これらの諸点を考慮して、送付嘱託に応ずべきか否かを決定すべきことは、いうまでもない。

五  被告は不起訴記録を送付するか否かは保管者である検察官の自由裁量に属するから、送付すべきでないとする検察官の判断が仮に不当であっても、それは当不当の問題を生ずるに止まり、違法の問題を生じないと主張する。

不起訴記録の送付嘱託に応ずるか否かが保管者たる検察官の自由裁量に属することは明らかである。しかし、検察官がその裁量により不起訴記録を送付するか否かを決定するに際しては、社会の通念、条理、公平等の原則等に照らし、刑事訴訟法第四七条の規定の精神を尊重して判断をするべきであり、この場合、判断の基準として要請されるのは一般の法的利益較量の場合と同様に、不起訴記録を送付することにより損われる利益の重要性、これにより実現される利益の重要性ないしその程度等の比較較量であることは前記のとおりである。

この見地に立ってみれば、保管者である検察官が、右の基準による利益の比較較量を著しく誤り、不起訴記録送付により損われる利益の重要性ないし程度に比較し、右送付により実現される利益の重要性ないし程度が著しく大であることが明白であると認められる場合に、なお送付嘱託に応じない行為は、前記裁量を著しく誤ったものとして違法になると解するのが相当である。そして、検察官が右の裁量を著しく誤ったか否かは法的評価の問題であるから、他の法律評価一般の場合と同様に、最終的には裁判所の判断に服することが明らかである。(例えば、事件関係人の死亡・記憶喪失・重病等によりその供述を得ることが不可能な場合、事件後の特殊事情のため関係人の真実の供述を全く期待できない等の特別事情がある場合等、真実を明らかにするためには当該不起訴記録を証拠として利用する以外に方法がない等の公益上の必要が一方にあり、これに対し他方、右記録中の事件関係人の供述調書等を公開しても、関係人の名誉・プライバシー等を侵害する度合が少ない等、記録送付により損われる利益が少ないことが明白な場合に、なお検察官が不起訴記録を送付しない行為は、裁量を著しく誤ったものとして違法性を帯びるといわなければならない。)

六  本件においては、原告が前記損害賠償請求訴訟(当裁判所昭和四四年(ワ)第六三一六号事件)において本件供述調書の供述者である中島貴雄、東荘彦、および主任捜査官である清塚儀三郎らを証人として申請し、同捜査官作成にかかる本件供述調書の控を書証として提出する等の立証活動をしたことは原告の主張するところであり、その結果、前記損害賠償請求訴訟の原告である訴外溝口よ志のが勝訴したことは、当事者間に争いのないところである。

してみれば、本件供述調書が送付されなかったため、これが送付された場合と比較して、原告が前記訴訟の訴訟代理人として、前記供述者らを証人として申請する等の立証活動を余儀なくされたことは容易に推察することができる。しかし、検察官が本件供述調書の送付を拒絶した当時、本件交通事故の目撃者である東荘彦、中島貴雄らは健在であり、本件事故当時の事実関係につき同人らから真実の供述を得ることが期待できない等の特別事情があったとは認められず(この点についての立証はない)、本件供述調書を証拠として利用しなければ立証ができないような状況にはなかったのであって、現実にも、原告は同人らを証人として尋問することによりその立証をし、目的を達成することができたのである。そして、本件送付嘱託にかかる記録が送付された場合に、前記侵害される可能性のある利益の重要性ないしその程度については、立証がない。

これらを考慮し、検察官が送付嘱託に応ずべきか否かを決定するに際し考慮すべき前記三ないし五の諸点を考慮し前記の利益較量をして考察すると、本件における事実関係のもとにおいては、本件供述調書送付により損われる利益の重要性に比較し右送付により実現される利益の重要性が著しく大であることが明白であるとは認めることができないから、本件供述調書を送付しなかった検察官の行為が著しく裁量を誤った違法な行為であるとは認めることができない。

七  以上のとおり、本件において検察官が本件供述調書の送付嘱託に応じなかった行為は違法であるとは認めることができないのであるから、右行為が違法であることを前提とする原告の本訴各請求は、その余の判断をするまでもなく、すべて失当として棄却を免れない。

よって、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 上村多平 裁判官湯川哲嗣は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 栗山忍)

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